(すずき むねお、1948年1月31日 - )
衆議院議員(8期)、新党大地代表(初代)、衆議院外務委員長。
かつては国務大臣北海道開発庁長官(第66代)、沖縄開発庁長官(第35代)、衆議院議院運営委員長などを歴任。
地方や弱者を軽視する新自由主義経済政策を強く批判し、ニューディール政策的な公共事業発注により地方経済を回す政策を重視。
又、北海道の自立、アイヌ民族の権利の確立、雇用の確保等を訴えている。
中川一郎氏の秘書を勤める
中川氏死去に伴ない、長男の昭一氏が出馬
「先生は世襲を嫌っていた」という大義名分で無所属から出馬し初当選
初当選後、金丸信に掛け合い、自民党に追加公認
(この時、鈴木の事前の公認に反対したのは党総務局長だった小沢一郎で、鈴木はそれを知ると後々まで恨んだという)
2003年2月、国後島の「日本人とロシア人の友好の家」、いわゆるムネオハウスの建設をめぐる疑惑を発端として数々の疑惑が浮上
その月に参考人招致、その後、証人喚問を受けたが「記憶に無い」との答弁連発
一切の疑惑に対して曖昧な釈明に終始したことより、社民党の辻元清美議員から
「もう、ど忘れ禁止法を適用したい」
「あなたはねぇ、疑惑のデパート言われてますけど疑惑の総合商社ですよ!」
と批判を受けた
(なお、辻元とは後年、年越し派遣村視察の際に偶然遭遇、その場で和解している)
6月19日、やまりん事件であっせん収賄容疑で衆議院本会議で逮捕許諾決議が可決されて逮捕される
6月21日、衆議院本会議で議員辞職勧告決議が可決された
7月20日に斡旋収賄罪で起訴
証人喚問において島田建設事件とモザンビーク事件に絡んだ証言が偽証として9月13日に議院証言法違反で起訴
政治資金規正法違反の罪でも起訴された
2003年9月、衆議院選挙の直前に保釈(尚、2002年12月と2003年4月に保釈を申請しているが「罪証隠匿の恐れがある」として却下された)
その後で9月に衆議院本会議に出席
議員辞職勧告決議がされた国会議員が決議を無視して登院したのは初めて
2003年10月、胃癌を手術
2004年の参議院選挙に北海道選挙区で無所属で出馬するも落選(得票数48万5382票)
2004年11月5日東京地方裁判所での第1審で懲役2年、追徴金1,100万円の実刑判決が下された(鈴木は一連の事件を全て否定した上で「国策捜査」と批判し即日控訴)
2008年2月26日に東京高等裁判所においても、控訴棄却となり、即日最高裁判所に対し上告した
2009年9月現在、鈴木は衆議院議員だが、仮に禁錮以上の有罪が確定すると失職し、賄賂罪の有罪で実刑が確定すれば服役終了から5年間は公民権が停止になる(公職選挙法第11条、国会法第109条)。
<鈴木宗男 公式HP><プロフィール詳細>
posted by ちゃえ at 10:26| 東京

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