<<『地雷廃絶日本キャンペーン』を応援するブログ>>

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2009年10月11日

広島・長崎が「平和」アピールで20年夏季五輪招致へ 

広島・長崎が20年夏季五輪招致へ 「平和」アピール - asahi.com

OSK200910100155.jpg 広島市と長崎市は、20年夏季五輪の開催都市に共同で立候補する方向で検討に入った。
両市長が11日に発表する。
第2次世界大戦で原爆を投下された両市が共催という形で立候補すれば、五輪憲章が掲げる「平和」の理念を世界にアピールできる。
ただ、五輪は「1都市開催」が原則で、立候補へのハードルは低くない。

両市関係者らによると、五輪開催は秋葉忠利広島市長が提案し、田上富久長崎市長も了承した。
今月2日の国際オリンピック委員会(IOC)総会で16年夏季五輪の開催地がリオデジャネイロ(ブラジル)に決まり、東京が落選したことから、20年五輪の開催地が決まる13年IOC総会に向け、実現の可能性を探ることにしたという。

被爆した両市が主導する国際NGO「平和市長会議」は20年までの核兵器廃絶を目標に掲げており、五輪招致で核廃絶の機運を盛り上げる狙いもあるという。
秋葉市長は昨年9月、広島市の広報紙で「核廃絶の目標達成を五輪という世界的な祭典で祝いたい」と表明。田上市長の反応も好意的だったという。

日本オリンピック委員会(JOC)幹部によると、「記者会見の予定を打診されたのは数日前。まだ、検討の段階と聞いている」という。

五輪憲章は1都市での開催を原則としており、「共催」は異例だ。
ただ、IOC理事会の承認を経れば、一部競技を他都市で開くことは認められている。
64年東京五輪では馬術競技を軽井沢で開催した例がある。

近年の夏季五輪は世界的に首都級の大都市が争う傾向が定着し、招致費用も膨らんでいる。
都市基盤やホテルの客室数、五輪後の競技会場の活用法や交通網などを考えると、地方都市の立候補はハンディを抱える。

一方で、16年五輪招致に東京が失敗した原因の一つに、同じアジアの08年北京五輪から8年後という間隔の短さを指摘する声はIOC委員にも多かった。
夏季五輪は12年大会が欧州のロンドン、16年が米大陸のリオデジャネイロの開催で、20年はアジアにもチャンスがあるという見方はある。

JOCは2日のIOC総会で東京都が落選した直後ということもあり、20年五輪招致の国内候補都市をどうするかの検討には入っていない。
しかし、総会直後に福田富昭JOC副会長が「東京に再挑戦してもらいたい」と明言するなど、東京の再挑戦を願う声は根強い。

20年五輪の開催都市は、13年のIOC総会で決まる。
過去の例では、日本の国内候補都市の選考は総会の約3年前に絞り込むケースが多く、今後は東京都を含めた他都市の動向が注目される。
20年五輪にはローマ市長が立候補を表明しており、パリやモスクワなどにも立候補の動きがある。



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2009年10月10日

【韓国ブログ】オバマ大統領のノーベル賞受賞は「未来への期待」



アメリカのオバマ大統領がノーベル平和賞を受賞することが明らかになり、話題を呼んでいる。「核なき世界」を掲げ、国連重視の姿勢をみせたオバマ大統領の外交努力が認められた結果である。受賞を受け、オバマ大統領は「予期せぬ朝だった」と、驚いた心境を述べた。
  
  しかし、就任一年目でのノーベル平和賞は異例なもので、韓国のネットユーザーからもオバマ大統領の今までの業績ではノーベル賞受賞は不合理であるとの見方が強く、「具体的な業績はない。受賞の資格がないのでは?」「間違っている。ノーベル平和賞委員会はノーベル賞の権威を自ら傷つけた」「アメリカ初の黒人大統領という象徴性は大きく、平和に寄与する可能性は大いにあるが、あくまでも可能性で達成したものではない」「これは明らかに政治的な配慮である」などなど、辛口のコメントも多くみられる。

  ブロガーのクラブスプリントは「国際情勢にあった政治的配慮という見方もあり、ノーベル賞選定基準に対する論争を引き起こしかねない」と述べ、「オバマ大統領のノーベル平和賞受賞は『業績』に対する評価ではなく、『期待』にかけるプレゼントのようなもの。世界を驚かせたオバマ大統領のノーベル賞受賞、果たして受賞資格があるのだろうか」と疑問を呈す。

  また、eyeofboyというブロガーは「外交的な努力と協力、黒人の人権向上に寄与したという名分なら理解できるが、今度の受賞(平和賞)は全く理解できない」としながらも、「受賞おめでとう。たぶんこれは未来を期待して与える賞、中東やカザフ地区問題、アフガニスタン問題、北朝鮮問題を平和的に解決することを期待する」と書き記す。

  さらに、ブロガーのジョクシャッグッシャットは「まだ大きい成果はないが、当選後の歩みが国際社会に大きな影響を与えたと思う」とし、「これから任期中にこのまま努力すればアメリカという国がもっと世界平和に貢献するイメージに近づくだろう」と書き綴る。
(編集担当:金志秀)


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posted by ちゃえ at 09:47| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 平和への願い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

米国オバマ大統領がノーベル平和賞を受賞 核廃絶演説が評価に

ノーベル平和賞:オバマ氏「深く謙虚に受け止め」と声明logo_mainichi_s.gif
2009年10月10日 1時14分 更新:10月10日 1時45分


20091010k0000m030014000p_size5.jpgオバマ米大統領は9日午前11時(日本時間10日午前0時)すぎ、ホワイトハウスで声明を発表し、ノーベル平和賞受賞が決まったことについて「驚きであり、深く謙虚に受け止めている」と語った。大統領はそのうえで「受賞は私の業績への評価とは受け止めていない」と述べ、「世界の人々の希望」が米国のリーダーシップに寄せる期待を確認したものだと語った。


ノーベル平和賞:オバマ米大統領に 核軍縮に新たな地平

2009年4月7日 オバマ米大統領:核廃絶演説 唯一の核使用国、「道義的責任」に言及

2009年10月9日 ノーベル平和賞:オバマ氏受賞 広島、長崎から歓迎の声

2009年10月8日 オバマ米大統領:初来日は来月12、13日軸に


◇オバマ米大統領の声明要旨

【北米総局】オバマ米大統領の声明要旨は次の通り。

 ノーベル賞委員会の決定に驚き、深く謙虚な気持ちで受けとめている。これは私自身が成し遂げたこととは思っていない。すべての国の人々の願望を代表して米国の指導力が肯定されたものとして受けるのだ。ノーベル賞の歴史を見ると、受賞が特別な業績にだけでなく、大義に弾みをつける手段として用いられたこともある。だから、この受賞を行動を呼び掛けるものとして受け入れる。すべての国に21世紀の共通する挑戦に直面することを求めるものだ。

 我々は核の恐怖の中で生きることはできない。だから私たちは核兵器なき世界を目指す具体的な措置を開始した。すべての国は核利用の意図が平和目的であることを明示しなければならない。

 気候変動がもたらす脅威も容認できない。我々はエネルギーの使い方を変えなければならない。人種や宗教が異なる人々との新たな関係を築かねばならない。イスラエルとパレスチナの人々が平和に生きる権利を認識しなければならない。

 すべての人が教育を受け、疫病や暴力などの恐怖のない、まっとうな生活ができるようにすべきだ。

 すべての問題が私の任期中に解決できるわけではない。だが、一人の人間や一つの国だけで解決できないと分かっていれば、これらの問題は解決できる。この賞はすべての人々が分かち合うべきだ。




<その時、私が思ったこと・・・>
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2009年05月26日

平和監視時計をリセット

平和監視時計をリセット=北核実験を受け−広島平和記念資料館
 
平和監視時計のリセット.jpg北朝鮮による2度目の核実験を受け、広島市中区の広島平和記念資料館の前田耕一郎館長は26日、前回核実験からの経過日数を示す「地球平和監視時計」をリセットした。被爆地広島からの抗議の意味が込められている。
 前田館長は「絶対にやりたくない作業だった。北朝鮮に強い憤りを感じている」と語った。
 今回は核実験を行ったとされる25日にさかのぼってリセット。前回の北朝鮮の核実験以来、「960日」と刻まれていた表示は「1日」に切り替えられた。


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2008年06月24日

戦後63年「沖縄慰霊の日」

沖縄慰霊の日 首相ら参列し黙とう 知事が平和宣言
6月23日12時4分配信 毎日新聞


沖縄.jpg沖縄は23日、沖縄の全戦没者を慰める「慰霊の日」を迎えた。
1945年のこの日、沖縄で3カ月近く続いた組織的戦闘が終結した。
日本軍と住民が追いつめられた沖縄本島南端、糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園では、県主催の「沖縄全戦没者追悼式」が営まれ、福田康夫首相や遺族ら約5670人が参列、正午に黙とうした。

福田首相はあいさつで、沖縄の基地問題に触れ
「米軍施設の集中が今なお県民の大きな負担になっている。負担の軽減に向け、地元の切実な声に耳を傾けながら全力で取り組む」
と述べた。
しかし、政府と沖縄で建設場所を巡って交渉が続く米軍普天間飛行場移設や、嘉手納基地以南の施設返還など米軍再編については具体的には言及しなかった。

 仲井真弘多(なかいまひろかず)知事はこれに先立つ平和宣言で
「基地の整理縮小や日米地位協定の見直し、事件・事故の防止を日米両政府に強く訴える」
と述べ、基地負担軽減と米兵犯罪対策の必要性を強調した。

 公園内にある犠牲者名を刻んだ平和の礎(いしじ)には今年、128人(うち韓国人13人、米国人1人)の名前が追加刻銘された。総刻銘者数は24万734人となった。



<その時、私が思ったことは・・・・・ >
posted by ちゃえ at 10:37| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 平和への願い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月12日

絶対に廃絶したい地雷

地雷.jpg世界に1億個以上が埋設されているといわれ、今も被害が出続けている対人地雷。「技術者として人助けをしたい」と10年以上にわたって地雷除去機の開発に取り組んできた雨宮清・山梨日立建機社長は、自ら現地に足を運んで技術指導し、子どもたちに地雷の恐ろしさを伝え続ける。雨宮社長は9日、「地雷撤去に挑む 豊かで平和な大地への復興」と題して、東京都内のJICA地球ひろばで講演した。
対人地雷は極めて安価なため紛争地では安直に使われるが、いったん埋設されると発見するのは困難で、手作業ではすべてを撤去するのに1000年かかるという。作業者の事故も後を絶たない。雨宮社長は、カンボジアで地雷の被害者に会ったことをきっかけに、「企業として必要だ」と会社を説得。95年から地雷除去機の開発を始め、98年に1号機を完成させた。現在は6カ国で56台が稼動している。

 同社の除去機は油圧ショベルが基盤。1台で潅木や岩を切削し、地雷を粉砕処理する能力がある。難しかったのは、地雷が爆発する際の高温に耐えるカッターの開発と、操作者の安全性を保つことだったという。

 開発したのは対人地雷用の除去機だが、土中には破壊力が大きい対戦車地雷もあるため、対戦車型に耐える除去機の開発も必要だ。自衛隊の試験場を借り、現地での試験も繰り返した。さらに、地雷除去機は「武器」とされて海外に持ち出せなかったため、経済産業省に粘り強く交渉した。

 カンボジアでは20年に及ぶ内戦で地雷が埋設され、農地は荒れた。地雷原にある地域が自活するためには、地元住民が自分たちで除去機を操作する必要がある。雨宮社長は現地で技術指導をするとともに、地元の人を安心させるため、自ら除去機に乗り込む。子供のころ、牛にすきを引かせて畑を耕した記憶から、「地雷除去と同時に、土を掘り起こせば農地化が早まる」と思いつき、前部のカッターで地雷を処理するのと同時に、車体後部のつめがすきの役割を果たし、土を掘り起こす新型機も開発。近隣の子どもたちにも、地雷の恐ろしさを知ってほしいと粉砕の様子を見せた。

 雨宮社長は講演で、「対人地雷の目的は人を傷つけること。手足を吹き飛ばし、失明させる。死ぬほどのけがではないことも多く、被害に遭った人たちは障害を抱えて生きていかなければならない。悪魔の兵器だ。平和な日本の子供たちに、こんな世界があることを学んでもらいたい」と語った。【岡礼子】


ラベル:地雷
posted by ちゃえ at 06:40| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 平和への願い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月23日

ロシアの核ミサイル、市民団体が廃棄へ

●モスクワ22日時事発ロシアの核ミサイル1基を10万ドル(約1100万円)で買い取り
 市民の力で核兵器廃絶を目指す米国の非政府組織「核兵器解体基金」(NGO)
 買い取り、廃棄することでロシア原子力庁と合意
 市民団体が核兵器を解体するのは史上初めて
 10万ドルはハリウッドのアクション男優、スティーブン・セガールさんが拠出
 今夏ロシアの大陸間弾道ミサイル(ICBM)、SS24を解体
 廃材となった金属でブレスレットやジーンズを製造・販売
 新たな核廃棄資金に充てる予定
         核兵器.jpg
    22日、モスクワで覚書に調印した



平和の祈りは、必ず届く。。。。。
posted by ちゃえ at 14:31| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 平和への願い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月25日

オタワ条約(3)

●対人地雷の使用、貯蔵、生産及び移譲の禁止並びに廃棄に関する条約
 オタワ条約.png
    は条約批准国

 地雷に対し、人道的な見地から条約が発効
「対人地雷の使用、貯蔵、生産及び移譲の禁止並びに廃棄に関する条約」
   (対人地雷全面禁止条約、オタワ条約などともいう)
 
この条約が作られる機運を盛り上げるにあたっては、イギリスのダイアナ元皇太子妃も大きな役割を果たした

日本は1998年9月30日、この条約を受諾して締約国となった
2003年2月8日に保有していた対人地雷のうち、訓練用など一部を除いたすべての廃棄を完了
 (この式典には小泉純一郎首相も出席)

<関連記載記事>
 オタワ条約について(1)
 オタワ条約(2) 未参加の国





posted by ちゃえ at 18:15| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 平和への願い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月14日

「アンネの手紙」を初公開

●「私を14歳だと思わないで」
「アンネの日記」筆者のユダヤ人少女アンネ・フランクの手紙を公開
(1945年3月、独ベルゲン・ベルゼン収容所で死去)
 生前、家族などにあてた手紙
 オランダ・アムステルダムの歴史博物館で12日に開幕(9月3日まで)

 初恋に批判的だった父親のオットー氏(80年死去)あての手紙には
 「私は心身共に独立しています。もめごとを乗り越えて強い人間になったんです」
  
 「私を14歳だと思わないでください。こうしたあらゆる問題を経て実際の年齢以上になりました」
  アンネの手紙.jpg






posted by ちゃえ at 09:52| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 平和への願い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月09日

沖縄返還の裏に「密約」

●政府がひた隠しにしてきた沖縄返還の「密約」
 対米交渉の中枢にいた吉野文六・元アメリカ局長(87)が政府関係者として初めて認めた
 
・1971年、毎日新聞記者だった西山太吉さん(74)が暴いた「密約」
  2000年以降に相次いで見つかった米政府の公文書で再証明
  吉野氏の証言は、それでも密約を否定し続けた政府を“身内”が追い込む格好
・西山さんは語る
  (吉野氏の発言は)政府の密約を内部から立証したということ
  分かってはいたことだが、これまでの政府高官の発言や吉野氏の裁判における証言が紛れもないうそだったということだ
  政府はこれ以上、密約を否定する余地はない

・元衆院議員の楢崎弥之助さん(85)
 1972年、密約を裏付ける極秘電信文を入手
 旧社会党を代表して、衆議院の会議室で吉野氏と文書をつき合わせた

「沖縄返還交渉がいかに米国の意に沿ったものだったか、あらためて思い知らされ、憤懣に耐えない」
 当時、国会で沖縄返還問題を追及していた元衆院議員の上原康助さん(73)

「協定の中身を明らかにしなかった政府の姿勢が、今の沖縄問題を解決困難にしていることを考えれば、現役の議員は心して政府を追及しなければならない。何よりも、国民の知る権利に応えようとした西山さんの苦労だ」

●西山さんは昨年、国に密約を認めて謝罪するよう訴訟
 代理人の藤森克美弁護士は
 「“巨悪の国家犯罪”をなした人が何のそしりも受けず、それを見つけて暴いた西山さんが罰せられるのはおかしい」と訴える
 密約を伏せて西山さんを訴追した国側を追及するのに、吉野氏の発言は追い風

●「沖縄密約訴訟を考える会」世話人の田島泰彦上智大学教授(メディア法)
 「やっと真実の一端が政府の側から出てきた」と語る
 真実の裏付けが、米側の情報公開によってしか進まない現状
 日本政府の秘密主義の象徴と指摘

  沖縄タイムスから抜粋

<関連掲載記事>
 おもいやり予算 世界の50%超



沖縄返還の裏に密約。。。。。。
posted by ちゃえ at 11:58| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 平和への願い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月07日

日本の世界遺産

世界遺産とは
 1972年のユネスコ総会で採択された
  「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)
 に基づいて、世界遺産リストに登録された遺跡や景観そして自然など
 人類が共有すべき普遍的な価値をもつものを指す

●日本の世界遺産(2006年2月現在、13箇所)
 知床
 2005年7月登録
 白神山地
 1993年12月登録
 日光の社寺
  1999年12月登録
 白川郷・五箇山の合掌造り集落
 1995年12月登録
 古都京都の文化財
  1994年12月登録
 古都奈良の文化財
 1998年12月登録
 法隆寺地域の仏教建造物
 1993年12月登録
 紀伊山地の霊場と参詣道
 2004年7月登録
 姫路城
 1993年12月登録
 広島の平和記念碑(原爆ドーム)
 1996年12月登録
 厳島神社
 1996年12月登録
 屋久島
  1993年12月登録
 琉球王国のグスク及び関連遺跡群
  2000年12月登録
sekai00.gif




日本を代表する‘富士山’ ゴミでノー。。。。。。
posted by ちゃえ at 12:00| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(1) | 平和への願い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月13日

広島・平和記念公園に落書き

広島市中区中島町の平和記念公園にある「平和の灯」の台座北面
 大きな赤い字で落書きがあるのを通行人が発見
 平和祈念像の台座と、トイレにも同様の落書き
   
   20060111-04185838-jijp-soci-view-001.jpg

 写真は落書きを消す作業(11日)(時事通信社)15時15分更新




常識を持てない輩の情けない落書き。。。。。。
posted by ちゃえ at 11:37| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 平和への願い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月31日

アンネの日記

幼い頃「アンネの日記」を読んだ。
悲惨さと残酷さに、恐ろしさと絶望を感じながら読んだ。
当時の社会科の教科書には、戦争の事は余り語られていなかった。
第二次世界大戦の引き金となった「真珠湾攻撃」
その後の日本軍の記載はわずかで、終戦に向かって落とされた原爆の事を詳しく書かれていた。
何か、歪んではいないか。
日本軍が戦時中に、他国で行った虐殺は、自ら求めていかなくれば知りえなかった。

毎年の8月15日前後のテレビ各局は、戦争を題材にした番組がほとんどだった。
原爆のTV番組があると、「もうすぐ広島原爆の日になるなぁ」と感じていた。
終戦記念日には、特集もあった。

そんな報道が、徐々に変わっていった。
戦時中に、いかに日本人は頑張ったかというテーマから、真実を伝えるテーマに変わっていった。
しかし、日本軍の真実を、本気で追いかけた番組はなかった。
だからこそ、自分から調べていった。
そんな中で、この一冊に出会った。

ナチ・ドイツのユダヤ人迫害により、15歳の「生」を終えたアンネ・フランク…
ユダヤという民族であっただけで、ユダヤ人であったからこそ受けた悲劇。
短く悲しいその生涯をあますところなく伝える感動ふかいノンフィクション。

このドイツと日本の戦後処理の方法が、現在の世界観の中で試されていると感じる。





posted by ちゃえ at 09:22| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 平和への願い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月26日

事実上の「大量破壊兵器」国際シンポジウム開催

地雷廃絶運動を、地域から起こしていこうとしている。
一人の力は非力でも、それが集まる事で、うねりが発生していく。
平和国憲法のもと、私達は戦争をしない宣言をしている。
だからと言って、今起こっている問題に目をむけなくていいのか。
地雷廃絶日本キャンペーン事務局から、メールがきたのでここに告知したい。


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オックスファム・ジャパン主催 国際シンポジウム開催のお知らせ

事実上の「大量破壊兵器」
−通常兵器の規制のための市民社会の役割とは−

1分に一人、1年に50万人――これは、武器が奪う命の数です。
世界には武器が溢れ、その被害は増え続けているのに、未だも
って十分な規制がなされず、いわば野放しにされたままです。

武器貿易の国際的な規制を求める国際キャンペーン「コントロール・アームズ」
の推進団体の一つであるオックスファム・ジャパンは、キャンペーン活動の一環
として、この度国際シンポジウムを開催します。

シンポジウムでは、これまでの武器の規制と市民社会の役割を
ふりかえり、今後なされるべき規制および市民社会の役割につ
いて、専門家やNGO関係者を招いてお話しします。

武器による被害を無くしたい方、お待ちしています
詳細 http://www.oxfam.jp/contents/modules/wordpress2/

【日時】2006年1月29日(日曜日)14時から17時

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詳細は控えるが、感心のある方はご連絡いただきたい。




posted by ちゃえ at 14:10| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 平和への願い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月08日

おもいやり予算 世界の50%超

●米国防総省発表(米国外に駐留させている米軍の駐留経費)

・世界中の同盟国による2002年度の負担額をまとめる
・同盟国全体での負担合計額約85億ドル
・日本の負担額は44億1134万ドルと50%以上

 
●国防総省の報告書(共通の防衛に対する同盟の貢献)

・日本は在日米軍駐留経費全体の74.5%を負担
・米軍駐留経費の負担額の比率で見ても、他同盟国の中で最も高い割合
・在日米軍駐留経費の直接経費負担が約32億2800万ドル
・税金や各種手数料の権利放棄などによる間接経費負担が約11億8300万ドル


●世界全体からみた他国駐留費用の割合

・各同盟国が拠出した総負担額85億ドルは、米国外の米軍駐留経費総額の50%以上
・日本は世界の米軍の他国駐留費用の約4分の1を負担している現状


●おもいやり予算とは

・在日米軍の駐留経費における日本側の負担額の事
・1976年6月、金丸信防衛庁長官の答弁が発端
・在日米軍基地で働く日本人従業員の給与の一部(62億円)を日本側が負担すると決めたことから始まる
・日米地位協定の枠を超える法的根拠のない負担に対して、金丸が、円高ドル安などによってアメリカの負担が増えることを考慮
・思いやりの立場で対処すべきなどと答弁したことから、思いやり予算と呼ばれるようになった
・2004年度の思いやり予算は約2440億円
・「世界一気前のいい同盟国」とアメリカ政府に評価


●在日米軍の所在地

総司令部:東京都西部の横田飛行場(横田基地)
青森県
・空軍   三沢飛行場(滑走路は民間・航空自衛隊と共用)

東京都 8施設
・陸軍   赤坂プレスセンター(ハーディバラックス、麻布ヘリコプター基地)
・海軍   硫黄島通信所
      ニューサンノー米軍センター
・空軍   横田飛行場
      府中通信施設
      多摩サービス補助施設
      大和田通信所
      由木通信所

神奈川県 16施設
・陸軍   横浜ノースドック
      相模総合補給廠
      相模原住宅地区
      キャンプ座間
      長坂小銃射撃場
・海軍   根岸住宅地区
      富岡倉庫地区
      上瀬谷通信施設
      深谷通信所
      小柴貯油施設(2005年12月、一部日本への返還予定)
      鶴見貯油施設
      吾妻倉庫地区
      横須賀海軍施設
      浦郷倉庫地区
      池子住宅地区及び海軍補助施設(旧池子弾薬庫)
      厚木海軍飛行場(滑走路は海上自衛隊と共用)

埼玉県 3施設
      キャンプ朝霞(AFN送信所)
      所沢通信施設(旧所沢飛行場)
      大和田通信所

千葉県 1施設
      木更津飛行場(木更津ALF/Aux. Landing Field)

山口県 1施設
・海兵隊  岩国飛行場

長崎県
・海軍   佐世保海軍施設

沖縄県 37施設
・陸軍   慶佐次通信所
      トリイ通信施設
      那覇港湾施設
      陸軍貯油施設
・海軍   楚辺通信所(通称「象のオリ」)
      天願桟橋
      キャンプ・シールズ
      泡瀬通信施設
      ホワイト・ビーチ地区
      黄尾嶼射爆撃場
      赤尾嶼射爆撃場
      沖大東島射爆撃場
・空軍   奥間レスト・センター
      八重岳通信所
      瀬名波通信施設
      嘉手納弾薬庫地区
      嘉手納飛行場(通称「嘉手納基地」)
      鳥島射爆撃場
      出砂島射爆撃場
      久米島射爆撃場
・海兵隊  北部訓練場
      伊江島補助飛行場
      キャンプ・シュワブ
      辺野古弾薬庫
      キャンプ・ハンセン
      ギンバル訓練場
      金武レッド・ビーチ訓練場
      金武ブルー・ビーチ訓練場
      読谷補助飛行場
      キャンプ・コートニー
      キャンプ・マクトリアス
      キャンプ桑江(一名キャンプ・レスター)
      キャンプ瑞慶覧(一名キャンプ・フォスター)
      普天間飛行場
      牧港補給地区
      津堅島訓練場
      浮原島訓練場



おもいやり予算は、もういらない。。。。。
posted by ちゃえ at 16:43| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(2) | 平和への願い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月23日

オタワ条約(2) 未参加の国

オタワ条約に未だ、参加していない国を調べてみた。
  (2005,11,14現在)


アメリカ州(2か国)
  キューバ
  アメリカ
ヨーロッパ州/中央アジア(8か国)
  アルメニア
  アゼルバイジャン
  フィンランド
  グルジア
  カザフスタン
  キルギスタン
  ロシア
  ウズベキスタン
中近東/北アフリカ(13か国)
  バーレン
  エジプト
  イラン
  イラク
  イスラエル
  クエート
  レバノン
  リビヤ
  モロッコ
  オマーン
  サウジアラビヤ
  シリア
  アラブ首長国連邦
サブサハラ・アフリカ(1か国)
  ソマリア
西/南/東アジア/大洋州(16か国)
  ビルマ/ミャンマー
  中国
  インド
  北朝鮮
  韓国
  ラオス
  ミクロネシア
  モンゴル
  ネパール
  パキスタン
  パラオ
  シンガポール
  スリランカ
  トンガ
  ツバル
  ベトナム
以上、40カ国になる。





余談ですが。。。
posted by ちゃえ at 08:46| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(2) | 平和への願い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月22日

オタワ条約について(1)

正式名称
  「対人地雷の使用、貯蔵、生産及び移譲の禁止並びに廃棄に関する条約」
内容
  対人地雷を規制している国際的条約
別名
  「対人地雷禁止条約」  
     英称 Convention on the Prohibition of Anti-Personnel Mines
  「オタワ条約
     英称 Ottawa Treaty

対人地雷の使用、開発、生産、貯蔵、保有、移譲などを禁止している。
締約国は、この条約で禁止されている活動について他国を援助、勧誘、奨励することを禁止される。締結国は、すべての対人地雷を廃棄し、撤廃を確保しなければならなず、そのための立法上、行政上、その他のあらゆる適当な措置を(罰則をもうけることを含む。)をとる義務がある。


  使わない 
  貯めない
  持たない
  渡さない
  そして、開発しない。

この5つが、全てである。






posted by ちゃえ at 17:02| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 平和への願い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

地雷廃絶運動の発端と条約までの道のり

「地雷廃絶日本キャンペーン」運営委員の、山崎淑子さんからうかがったお話から〜

義足を作っていた2人の「造っても間に合わない」という市民レベルの発想から、この運動は始まったそうだ。
そこに、地雷の除去作業をする団体や、地雷の事故などに関わる医師などが、賛同した。
更に、行政などに呼びかけるが、取り上げてもらえない。
ならば、国連に持ちかけた。
持ちかけたのは、ベルギー。
この時、すでにベルギーでは、国内法を制定していた。
多くの賛同を得た。
しかし、このキャンペーンに、大国は「ノー!」
本来なら、ここで頓挫するだろう。
この時、オランダのNGO団体が声をあげた。
「賛成国だけで、条約をつくろう」
カナダ政府の主導で、スタートした。
40カ国の参加で成立するのだが、当初は憶測不可能だったらしい。
しかし、ふたを開けてみると、何と『112ヶ国」の参加で成立をみた。
この時、開催された土地の名前から「オタワ条約」として、現在に至っている。

〜〜〜速記の技術を持ち合わせていないので、話の大筋しか記録できませんでした〜〜〜





私の感想は。。。。
posted by ちゃえ at 11:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 平和への願い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月21日

アメリカの1950年代 人種差別との戦い

1950年代、アメリカは大転換期をむかえる。
これは「ブラック・レボリューション(黒人革命)」と言われている。
差別廃止を目指して、公民権運動が大きく盛り上がった時代だった。

マーチン・ルーサー・キング博士は‘黒人解放運動’の父とされている。
そして黒人解放運動’の母もいる。
ローザ・パークス女史が、その人である。
彼女が最初に行動を起こした事が、のちの「バズ・ボイコット運動」に発展した。

当時のアメリカ社会は、白人主導で、黒人を人間として扱っていなかった。
リンカーン大統領が「奴隷解放宣言」をしてから、100年もの歳月が流れていたにも関わらず、不当な差別は、公然とまかり通っていたのだ。
特に、アメリカ南部の差別は、人道的ではなかった。
差別条例まであったのだ。
例をあげると、
 就労や労働賃金の格差
 学校・交通機関・食堂の隔離etc
バスの座席は、後部が‘黒人用’前方が‘白人用’とされていた。
‘白人用’座席が埋まると、‘黒人’は、立たされるのが常だった。

ある日、バスの黒人用座席の最前列に、ローザ・パークス座っていた。
そこに‘白人’が乗り込んできた。
運転手が、黒人席を4つ空けるようにと、命じてきた。
3人の‘黒人’は席を立ったが、彼女は「ノー」と答えた。
運転手は脅迫的な言葉で、彼女を脅した。
「逮捕させるぞ」と、言われても立たなかった。
仕事で疲れていた訳ではない。
‘白人’の言いなりになる事に、疲れ切っていたのだ。
そして警察に逮捕された。
この事件を聞いて、黒人達の怒りが頂点に達した。
そして「バス・ボイコット運動」が起きた。
こ1年後、バス会社は倒産寸前にまでなっていた。
最高裁でも、交通機関の差別は違憲判決を下した。
この事で、差別強硬派のモントゴメリー市当局も、遂に差別条例を廃止した。

この「バス・ボイコット運動」の勝利から、公民権運動は拍車がかかった。

遂には。
 1957年、黒人の投票権などを認める最初の公民権法が成立した。

  <千里の道も一歩より>
 





余談ですが。。。
posted by ちゃえ at 11:25| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 平和への願い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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