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2009年10月03日

亀井 靜香氏プロフィール

(かめい しずか。1936年11月1日 - )
日本の警察官僚、政治家
階級は警視正(警察庁退官時)
衆議院議員(通算11期)
内閣府特命担当大臣(金融担当)・郵政改革担当
国民新党代表(第2代)
死刑廃止を推進する議員連盟会長(第4代)

 運輸大臣(第69代)
 建設大臣(第64代)
 自由民主党政務調査会長、志帥会会長(第3代)
 国民新党代表代行などを歴任

<プロフィール詳細>

−生い立ち−
広島県庄原市川北町(旧・比婆郡山内北村)で農業を営んでいた亀井素一・静恵夫妻の次男として生まれる
父は終戦まで山内北村の助役を務め、終戦後は県の嘱託として開墾事業に携わった

広島市の修道中学校に入学
修道高等学校2年生時に、通学定期券の購入に必要な通学証明の発行を学校が有料化したことに対して批判ビラを配る
これが学校側の不興を買い学校を放逐される(自主退学)

−上京−
自主退学後、実兄を頼りに上京し、都立日比谷高校や都立九段高校の編入試験を受けるが入学を許可されず、都立大泉高校に編入し、同校を卒業

1956年、東京大学教養学部文科II類に入学
駒場寮に入りキャバレーのボーイ、家庭教師などのアルバイトをして学費、生活費を稼ぐ
学生時代は「マルクスの亀井」と呼ばれるほど、マルクス経済学に精通していた
また他校の合気道部の学生を糾合して「日本学生合気道連盟」を結成、その初代委員長を務めた(段位は学生時代に三段を取得)

またアメリカの水爆実験反対を訴えるストライキが原因で退学となった友人を救うため、ハンストを決行
その後、1週間あまりでドクターストップとなったが、大学当局はその友人の退学を取り消した

1960年、同大学経済学部経済学科を卒業し、住友精化に入社
この頃ガンの宣告を受けるが後に誤診と判明
1961年、同退社、猛勉強の結果国家公務員採用上級(甲種・行政)試験に3番の成績で合格、警察官採用上級試験に7番の成績で合格

−警察庁−
1962年、学士入学していた同大学経済学部商業学科を卒業し、警察庁入庁
鹿児島県警察(徳之島警察署)を振り出しに鳥取県警察本部警務部長、埼玉県警察本部捜査第二課長等を歴任
鳥取時代には鳥取県議であった日本社会党の野坂浩賢と親しくなる

1972年、連合赤軍あさま山荘事件、成田空港事件、テルアビブ空港事件の捜査に初代の警備局極左事件統括責任者として参加
1977年、警察庁警備局理事官[2]、長官官房調査官を経て退官
政界を引退した永山忠則の地盤にて350万円の退職手当を元手に立候補準備を始める

−自由民主党−
1979年10月、第35回衆議院議員総選挙に初出馬、初当選
   (以後連続当選)

1985年12月、運輸政務次官就任
1989年4月、 自民党中堅・若手議員による派閥横断グループ「自由革新連盟」を結成、リーダー格として活動
1989年6月、 自由民主党総裁選挙で石原慎太郎を擁立したため清和研から除名処分(後に復帰)

1994年6月、 運輸大臣就任
1996年10月、党組織広報本部長として臨んだ第41回衆議院議員総選挙、初めての小選挙区選挙で新進党新人佐藤公治を破る
翌月建設大臣就任(政務次官は中曽根派佐藤静雄)
臓器移植法採決を棄権(臓器移植法には各党党議拘束なし)

1998年9月、 清和研を離脱し、中山太郎元外務大臣らと「中山・亀井グループ」を結成(同グループ代表に就任)
1999年3月、亀井グループと中曽根派が合流し「志帥会」(村上・亀井派)旗揚げ(同派会長代行に就任)
1999年10月、自民党政調会長就任
公共事業の見直しを表明し連日深夜に及ぶ議論の末、2兆7000億円削減

2001年4月、自民党総裁選挙に出馬するが小泉純一郎と政策合意したため直前に辞退
2003年11月、死刑廃止を推進する議員連盟会長に就任
2003年9月、 自民党総裁選挙に再び出馬するも敗北
2003年10月、志帥会(亀井派)会長就任

−国民新党−
2005年8月、自民党に離党届を提出、志帥会会長を辞任
    国民新党結党に参画

2005年9月、衆議院議員総選挙において無所属で出馬した堀江貴文に苦戦を強いられるが、友人である俳優・菅原文太らの応援もあって26,546票差で当選
選挙後、国民新党の代表代行に就任

2005年10月、自民党から郵政民営化反対の責任と、新党結成を理由に離党届は受理されず、除名処分となる

2009年8月30日の第45回衆議院議員総選挙には、引き続き広島県第6区から、国民新党公認、民主党の推薦を受けて立候補し、自民公認候補に67,479票の大差をつけて11期目の当選
この選挙では代表の綿貫民輔と幹事長の亀井久興がともに落選する事態となったため、選挙翌日に綿貫から代表の座を引き継いだ

2009年9月16日、内閣府特命担当大臣(金融担当)に就任
特命担当大臣の担当事務以外に、「郵政事業の抜本的な見直し及び改革を推進するため企画立案及び行政各部の所管する事務の調整」の特命事項を担当する(郵政改革担当)

posted by ちゃえ at 16:50| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | プロフィール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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