【北京・石井朗生】北京五輪は最終日の24日、天安門広場をスタート、国家体育場(愛称・鳥の巣)をゴールとする42.195キロのコースで男子マラソンを行い、21歳のサムエル・ワンジル(ケニア)が2時間6分32秒の五輪新記録で優勝した。従来の記録は84年ロサンゼルス五輪でカルロス・ロペス(ポルトガル)がマークした2時間9分21秒だった。ケニア勢のマラソン優勝は初。ワンジルは、宮城・仙台育英高に留学し、実業団のトヨタ自動車九州でも活躍。7月、同社に退職願を出して五輪に臨んでいた。2位は03年、05年の世界選手権を制したジャウアド・ガリブ(モロッコ)で、タイムは2時間7分16秒。3位は2時間10分0秒のツェガエ・ケベデ(エチオピア)だった。
日本勢は、2時間13分26秒で13位に入った尾方剛(中国電力)が最高の成績。佐藤敦之(中国電力)は2時間41分8秒で、完走者中最下位の76位だった。大崎悟史(NTT西日本)は左股(こ)関節を痛めて23日に欠場を表明し、日本選手は2人がレースに出場していた。この種目で日本勢が入賞を逃したのは00年シドニー五輪以来。
◇ワンジルの話 暑かったけど我慢できた
北京は暑かったけど我慢できた。(走りながら)優勝したらどうなるかを考えていた。ケニア初だからうれしいです。(出身の仙台育英高時代に)渡辺先生に、きつくても我慢することを言われたが、今日はそれができた。完ぺき。次のオリンピックも優勝したい。
◇尾方剛の話 勝負にならなかった
速い展開は予測していたが、いい位置で走れず、後ろで走って何とか(順位を)上げるしかないと思った。ワンジルが(2時間)6分台と聞いて、力の違いを見せつけられた感じで、悔しい。最低でも入賞できればと思っていたが、勝負にならなかった。
◇佐藤敦之の話 力不足でした
力を出し切れずに終わり、残念です。もっと前半は速いペースで粘れたら良かったが、力不足でした。どんなことがあっても走り抜こうと決めていた。それができたので次につながると思う。76位ということをしっかり受け止め、一歩一歩精進していきたい。
<その時、私が思ったことは・・・・・ >
マラソンを解説していた方が、
「マンジル選手は仙台育英から九州のトヨタに就職した、日本が育てたと言っていい選手です」
と、言っていた
学生時代に日本にいたといえば、箱根駅伝でも多数の外国人選手がいた
その中の一人かと思ったら、高校時代に留学して日本で就職していたというから驚いた
優勝インタビュー時、私はよそ見をしていた
TVから聞こえてきた言葉は、何と日本語ではないか
日本人は惨敗だったのに、どうして日本語が?!
それほど、流暢は日本語だった
日本人が忘れかけた‘恩義’をわきまえた、素敵な選手だった
嬉しかった
「日本が育てたと言わせていただきます」
と、NHKのアナウンサーが言っていた
同感だ
日本のマラソンの理念は間違っていない
早いペースを保てるだけの体力を持てば、絶対に勝てると協会も思ったに違いない
しかし、日本人特有の骨格がある
それはどれだけ頑張っても、変えられるものだはない
日本人の体型にあったトレーニングをして、今後につなげていただきたいと感じる



