<<『地雷廃絶日本キャンペーン』を応援するブログ>>

ご意見等がございましたら、是非メールでご連絡ください。

メールはこちらにお願い致します


2008年08月15日

<北京五輪 競泳>北島康介選手、史上初の2種目2連覇達成!

五輪=競泳の北島が200m平でも金、2種目2連覇達成
 
2連覇の金.jpg北京五輪男子100メートル平泳ぎで金メダルを獲得した北島康介は14日、男子200メートル平泳ぎ決勝でも優勝し、2大会連続の金メダルに輝いた。日本競泳界の頼れるエースはアテネに続き2種目で2連覇という偉業を達成した。
 今大会2個目の金メダルを獲得した北島は「ほっとしている。最高に気持ちよく泳げた」と心境を語った。タイムは2分07秒64で五輪記録を更新したが、6月のジャパン・オープンで自身が樹立した世界記録には0秒13届かず、100メートルに続く「世界新での金メダル」は逃した。ただ、2位以下に1秒24以上の差をつけるなど終始ライバルを圧倒する展開だった。
  「記録が出なくてちょっと悔しいが、優勝できたことに感謝している。もう1回この場所に戻ってこれるとは思っていなかったので、もう1回この舞台に立てたことと、1番高いところにのぼれることに感謝している」と、北島はレース直後のテレビのインタビューで語った。会見では「目標としていた金メダル2つを取ることができて大満足している。この瞬間を夢見てやってきたかいがあった。自分の中では高い達成感がある」と述べた。
 「オリンピック依存症」と自称するほど五輪への思いが人一倍強い北島。レース後も「五輪の意味は」との問いに「僕の人生です」ときっぱり。この日も「五輪にかけてきたので北京で最高の自分を表現できればいいなと思って臨んだ」という。
 アテネ五輪後の4年間、浮き沈みを繰り返しながらも高地合宿による体力作りなど苦しい練習に耐え、北京大会に照準を合わせて調整してきた。「プロセスが大事だっていう人はたくさんいるけれども、僕は結果を残したい」と強い意気込みを示していた北島がその言葉通り、歴史に残る結果を残した。
 <100メートルの優勝が弾みに>
 200メートルの決勝はこの日の競泳第1種目で開始は現地時間午前10時すぎと早かった。スタート後100、150メートル時点で世界記録更新ペースを維持していたが、最後の50メートルでやや失速した。北島は「朝一だったからね。11時台だったら(更新の)可能性があった」と苦笑い。100メートル決勝で世界新をマークして優勝した際には涙を見せた北島だったが、今回は記録のせいもあってかやや冷めた表情だった。
 宿敵のブレンダン・ハンセン(米国)が米五輪予選で200メートルの出場権を逃し、今回の200メートルでは強敵が不在だったことも感動を小さくさせたのかもしれない。北島は今大会のレースを振り返り「100の金が大きかった。100を取ってなかったら焦っていた」と分析する。
 今大会では平泳ぎ以外にも幾つもの世界新記録が生まれている。英スピード社製水着「レーザー・レーサー」を着てレースに臨んだ北島は「水着のおかげとは僕は言わない。僕は自分の力で勝ち取った」とコメント。「世界で記録が上がっている中でその要因もあるかと思うが、水着を生かせるかどうかは選手次第」と指摘した。
 タフな練習を重ねストイックに気持ちを五輪に合わせてきたことが今回の勝因と北島は信じる。「僕の思いが五輪に通じた」。そんな北島に3連覇への期待も高まる。しかし「3連覇への挑戦は」との問いかけに北島は笑顔で即答した。「ないです」。
 (ロイター日本語ニュース 大林優香)

(8月14日 19時09分 更新)
北島、連続2冠!最強のまま引退!…競泳(スポーツ報知)

◆北京五輪 競泳男子二百メートル平泳ぎ決勝(14日・国家水泳センター) 史上初の五輪平泳ぎ2大会連続2冠を成し遂げた北島康介(25)=日本コカ・コーラ=が、北京五輪限りで現役を引退することが14日、明らかになった。今大会前、近い関係者に「五輪は今回が最後」などと話していた。この日の男子二百メートル平泳ぎ決勝は2分7秒64の五輪新で、1928年、32年の鶴田義行以来76年ぶり2人目の連覇を達成。不世出のスイマーは、第一線でのラストレースとなる男子四百メートルメドレーリレー(15日夕予選、17日午前決勝)で有終の美を飾る。

 北島はこれまで、公には「(去就は)北京五輪後に考える」と話してきた。だが、金字塔を打ち立てた帰り際、報道陣から平井伯昌コーチ(45)が「北島が辞めるんじゃないか」と寂しがっているとの話を振られ、「僕も(北京に)入る前からそのつもり(辞める気)でやってる。寂しい気持ちはあった」と今大会限りで第一線を退くことを明かした。

 親しい関係者には、既に引退の意向を伝えていた。6月のジャパンオープン男子二百メートル平泳ぎ。小学時代からレースをしてきた東京辰巳国際水泳場で世界新を出し「もう泣きそう」と声を震わせた。5年ぶりに世界記録を奪還した喜びに、別の感情も入り交じっていた。周囲に「国内最後のレース」になることを告げていた大会で世界新を出せた達成感だった。

 この日の決勝後、中学2年から指導を受ける平井コーチと握手。「ありがとうございました」と頭を下げた。平井コーチはその後、金メダルを手に報道陣の前に現れて男泣き。「二百メートルを全力で泳ぐのはこれが最後かなと思って見ていた。康介を指導してもう一度、青春時代がきた感じで充実していた。幸せだった」と言葉をつまらせた。

 北島にも期するものがあった。普段は海外遠征に水泳用具以外は持ち込まないが、今回は会社員の弟・亮二さん(24)や親しい友人から贈られた日の丸を持参。亮二さんが「きばれ!!」と書き込んだものを手に、会場に日の丸を掲げる場面をイメージしていた。

 プロスイマーとなったアテネ後は、ひじやひざの故障の連続。2年続けて国内大会で日本選手に敗れた06年は、へんとう炎で入院と苦難が続いた。「ロンドンは無理。五輪は今回が最後」親しい友人らには本音をもらしていた。だからこそ、悔いを残さぬよう「世界新での2冠」という究極の目標を掲げた。ミズノと個人契約を結びながら、英スピード社の高速水着「レーザー・レーサー」を着用。水着騒動の際は「泳ぐのは僕だ」と書かれたTシャツを着て矢面に立ち、水着ではなく、選手個々の努力に着目してほしいと訴えた。

 「目標は連覇じゃなく、完ぺきな泳ぎをすることだった。やってきたことを結果として残せて良かった」日本競泳史上最強スイマーは笑みを浮かべた。引退後の活動については、現時点では白紙。ただ、以前から「指導者には向いてない。水泳には携わっていきたい」と話しており、何らかの形で自身の経験を日本の水泳界に役立てていくとみられる。

 ◆北島 康介(きたじま・こうすけ)1982年9月22日、東京・荒川区生まれ。25歳。本郷高から日体大卒。水泳は5歳から始め、東京SCに拠点を置き00年シドニー五輪百メートル4位。02年アジア大会二百メートル(当時の世界新)で優勝。03年世界水泳百メートル、二百メートルで世界新(当時)で2冠。04年アテネ五輪百メートル、二百メートル金メダル。06年パンパシフィック選手権百メートル銅、二百メートル銀。07年世界水泳二百メートル金。178センチ、73キロ。血液型B。家族は両親と弟。
(8月15日 8時01分 更新)
posted by ちゃえ at 11:22| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 北京オリンピック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック

【競泳北島康介「涙がとまらないよ。」
Excerpt: 1 :ニーニーφ ★:2012/05/01(火) 22:21:32.67 ID:???0https://twitter.com/#!/kitajimakosukehttps://twitter.com..
Weblog: 芸能スポまとめっくす
Tracked: 2012-05-02 02:01
ブログランキング 人気ブログランキング・ランブロ access countゴルフクラブ パター ショッピングネピア おむつムーニー おむつ
≪アパレル&シューズ≫いよいよサマーSALEスタート!
里親2.gif
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。